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東京高等裁判所 昭和42年(う)2002号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人に負担させる。

理由

〈前略〉所論は、原判決は被告人が本件乾燥機修理工事の共同作業者であり右作業による火災の危険を予見し得たものとして被告人に失火の責任を問うているが、被告人は、(一)本件乾燥機修理の共同作業者ではなく、特に本件火災発生の直接原因となつた電気熔断については熔接機の取扱者ではなかつたのであり、(二)また、素人であるため、右電気熔断による火災発生の危険を予見することが不可能であつたのであるから、原判示火災予防の注意義務はなく、原判決が被告人にこれが懈怠の責あるものと認めたのは事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

よつて考察するに、原判決は、原判示製菓会社の工場長をしていた被告人が原判示日時頃「同工場内において移動式乾燥機を修理するため同社の機械修理を請け負つている村山鉄工所の工員近三男(一八才)と共に同乾燥機上部のホッパーと称する鉄板の両端を電気熔接機により切断作業をしていた」こと、「同乾燥機はその内部の金網などに一面に食用油がみ込んだ菓子粉及び油が附着しており、熔断時に生ずる火花や熔塊が右金網の上に落ちて出火する危険があつたのであるから、熔断しようとするホッパーの直下に、火花、熔塊を受けとめるための鉄板或いは不燃性の板等をあてるか、または、随時火花、熔塊の落下に注意して作業するなどの措置を講じ、もつて火災の発生を未然に防止すべき注意義務がある」こと(以上「 」内原判文のとおり)を認め被告人が右注意義務を怠り右措置をとらず漫然同作業をしていた過失により熔断時における火花熔塊が落下して同機械内部の金網に附着していた食用油のしみ込んでいる菓子粉及び附着油に着火して燃え上らせ、よつて原判示火災を生ずるに至らしめた事実を認定しているところ、(一)原判決が証拠に挙げている〈中略〉によれば、被告人は原判示会社の工場長として同工場施設の管理、保安など右工場に関する一切の権限を任されていたこと、本件当日被告人自ら電話で本件乾燥機の修理につき村山鉄工所の工員近三男に右機械を検分させたが、右村山から「近を手伝つてやつてくれ」と言われ、近を手伝つて同機械のチエンバーを取り替え、さらに最上段ホッパーの付け替えに着手し、近はホッパーの取付け部分をグラインダーで削り被告人はホッパーをハンマーで叩くなどしたが、ホッパーがなかなか外ずれないので、被告人から電気熔接機の使用方を示唆提案したところ近がこれを容れたので被告人が携行して来ていた電気熔接機を電源に連結するため隣りの工場から電線を引いたりして手伝いよつて近が所論の電気熔接機による熔断作業に着手したことが認められるので、右乾燥機修理工事の施行者は、これを請け負つた村山鉄工所(経営者村山六之助)であり、その修理作業、特に右電気熔接機による熔断作業の担当者は同鉄工所の使用人である工員近三男であつて、被告人は、右修理工事の注文者(原判示会社側)工場長としての責任上、同工事の施行に立ち会う傍ら、便宜、右近の作業全般につき事実上これを補助していたものと見るべきであり、原判決が被告人は「機械修理を請負つている村山鉄工所の工員近三男(一八才)と共に……電気熔接機により切断作業をしていた」旨判示したのは、まさにこのことをいうものと解すべく、修理工事の施行につき右近三男と法律上責任を同じくする共同作業者と認めたものではないから、その認定はもとより正当である。(二)そして以上のような事実関係のもとにおいて電気熔接機による熔断作業に立ち会い且つこれを補助するに際しては、被告人は、工場長として工場の建物、機械等施設全般の安全を確保する責任を負うものであるから右作業の安全については、単に作業担当者の指示をまつてこれを補助するに止まらず寧ろこれを監督指示して万全の措置を講ずべき責務があることはいうまでもないところであるから苟しくも同作業による火災発生の危険を予見することができる限り、原判示(上記引用)のような火災発生防止の注意義務があるものといわねばならない。ところが〈証拠〉を総合すれば、被告人は電気熔接機の使用により少くとも鉄粉の火花が散ることを知つており、しかも右電気熔断作業の開始に先立ち右近三男から“危いから紙をどけてくれ”と指示されて、自ら熔断個所の下に当る右乾燥機の底に敷いてあつたハトロン紙(二尺四方位)を一米ほど横に移動させ、熔断個所から遠ざけた上で、右近三男が熔断作業にかかつたのを見ていたことが認められるから、被告人も右供述調書第一項後段において自認しているとおり、その際少くとも同作業により火花が落ちて紙に燃えつくおそれがあることを認識していたことは明らかであり、そうであるとすれば、証拠上窺われるとおり、当時工場長として右乾燥機内の状況即ち各段の金網などに一面に食用油及びその油が浸み込んだ菓子粉が付着して引火し易い状態にあることを熟知していた被告人としては、少くとも電気熔断の際発する火花等の高熱物が乾燥機の底にある前記紙のみならずその上にある右金網の上に落ちてこれに付着した食用油や菓子粉に燃えつき発火して火災を生ずる危険のあることも、当然に予見し得た筈であると認めなければならず、従つてまたこれを予見して原判示火災予防の措置を講ずべき注意義務があつたことは動かし難いところといわねばならない。しかして、前掲各証拠と原判決が挙示する爾余の証拠とを綜合すれば、被告人が右注意義務を怠り右措置をとらず漫然近三男をして熔断作業を継続させた過失により熔断による火花、熔塊が落下して原判示の如く発火しよつて建物焼燬の結果を生ずるに至つたことを認めるに足り、記録を精査し、当審事実取調の結果(当審証人近三男の供述及び被告人の当審における供述に徴しても、所論の如き事実を認め右認定を左右するに足りる証左は存しないから、被告人は原判示失火の責を免れず原判決には所論のような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。〈後略〉(遠藤吉彦 吉田信孝 大平要)

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